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三重県 その2   
圓朝地名図譜
古市の名物の一つで、是れから油屋、備前屋、杉本屋などと言ふ名高い女郎屋がござります、此處を通りまして、下りますと相の山で、お杉お玉の所を一般に相の山と申します
 (笑福亭松鶴 「お伊勢參り」)
  上方,112,56 (1940)
 
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年
伊勢 いせ 誠八伊勢参り(本草堂江戸噺, 相模書房 (2004)) など 7件7題 (東京6件, 上方1件) 伊勢市 伊勢詣りで現在の伊勢市周辺を指すものは,伊勢国と別にカウントした.
伊勢朝熊万金丹.写真は朝熊山ではなく,伊勢市内の小西万金丹で,開け放った座敷の中に道具類を展示している.万金丹は5mmほどの丸薬で,水又は白湯にて服用(お茶湯には及ばない).噛むとひどく苦い.
"品川の宿はずれまで連れて行って、そこで無事で行ってこいよと解き放すと、まっすぐ東海道を伊勢まで自力で行くんだそうで"(誠八伊勢参り)
萬金丹金看板 2002
小畑 おばた 道中意見(笑福亭松鶴落語集, 三芳屋 (1914)) 伊勢市小俣町 小俣(おばた)が正しい.宮川北岸,山田へ入る直前の宿.クランクしながら宮川へと続いており,妻入りの家も多く見られた.紀州藩高札場跡は札の辻と呼ばれていた.「道中意見」は,大阪から伊勢まで,50ヶ所以上の地名折り込み噺."小畑さん"は,"叔母さん"のもじり.無理のある方が面白い.
"伊勢町の小畑さんに聞えたら何うなさる"(道中意見)
小俣宿紀州藩高札場跡 2019
山田奉行所 やまだぶぎょうしょ 狸の娘(文芸倶楽部, 22(14) (1916)) 伊勢市御薗町小林・上條 慶長8年から慶応4年まで設けられた奉行所.伊勢志摩地域の支配,伊勢神宮の警衛などを司った.「狸の娘」は,伊勢を舞台とする人情噺(→ 絶滅危惧落語「狸の娘」).大岡忠相が犯人を裁く.大岡能登守忠相は,正徳2(1712)年〜享保元(1716)年まで山田奉行を勤めている.小林には山田奉行所跡の碑,上條には奉行所建物を再現した山田奉行所記念館がある.展示の模型には,お裁きをする大岡奉行の姿も見える.
"今度は真物の御奉行所へ願ひ出た"(狸の娘)
山田奉行所記念館 2016
宮川 みやがわ 三人旅(三一上方2:22) など 3件2題 (上方3件) 伊勢市 宮川を越すといよいよ山田の町.三重県の後半は伊勢参宮.JR鉄橋のやや下流が渡船場だった.
"今からどこまで行ける。そうやなア、宮川を越すに越せんことはないが"(三人旅)
桜の渡し付近 2002
宮川の渡 みやがわのわたし お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市 宮川の渡しは,桜の渡しと柳の渡しの2つあり,かつてはこの速記のようにしか書かれていなかった.喜六清八は参宮道をやって来たので,北側の桜の渡になる.写真の石標は,今回訪ねても見つからなかった.
"サア喜イやん、ここが宮川の渡しや"(お伊勢参り)
宮川の渡の石標 2002
桜の渡し さくらのわたし 宮巡り(伊勢参宮神賑, 青蛙房 (2014)) 伊勢市宮川〜小俣町 伊勢参宮道の渡し.今は宮川橋で渡る.幕府の命により無料で渡れた.1897(明治30)年,参宮鉄道の宮川−山田間が開通して,桜の渡しは役割を終えた.
"参宮道は『桜の渡し』、伊勢本街道には『柳の渡し』があるわ"(宮巡り)
桜の渡し説明板 2016
柳の渡し やなぎのわたし 宮巡り(伊勢参宮神賑, 青蛙房 (2014)) 伊勢市川端町〜中島 桜の渡しとともに宮川を渡す.現在の度会橋の上流にあたる.「三人旅」系統の伊勢参宮街道を旅する時は桜の渡し,伊勢本街道を旅した場合は柳の渡しを通る.
"ほな、あんたと私は、柳の渡しで、渡してもらうか?"(宮巡り)
度会橋 2016
はし 第七回(お杉お玉)(滑稽伊勢参宮, 駸々堂 (1899)) 伊勢市 宮川橋のこと.明治に入って仮橋が架けられ,1919年に永久橋となった.東詰に桜の渡しの浮世絵入り説明板.
"ただ今ではご承知の通り橋が架かッております"(第七回(お杉お玉))
宮川橋 2019
山田 やまだ 藪入り(講昭和戦前2:16) など 8件6題 (東京6件, 上方2件) 伊勢市 伊勢市山田地区の旧称.
"伊勢の山田へ行って、大神宮様へおまいりをさせたいな"(藪入り)
     
筋向橋 すじかいばし 宮巡り(伊勢参宮神賑, 青蛙房 (2014)) 伊勢市常磐2 伊勢参宮街道,伊勢本街道が合流する.橋板が斜めに架かっていたため,筋向橋の名前がついた.川は宮川支流の清川で,今は暗渠となっている.昭和時代の欄干,嘉永2年の擬宝珠が残る.
"伊勢参宮街道と伊勢本街道が交わる筋向橋へ出て参ります"(宮巡り)
筋向橋 2016
御師町 おしまち お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市か 「お伊勢参り」の旅程では外宮から二見,朝熊を回り内宮へ.二見の前に出てくるので外宮前か.写真は御祓町の御師の門.
"御師町、ここには、車館太夫、浦田太夫と申してここで皆、太夫つきをいたしまして"(お伊勢参り)
御師の門 2002
岩淵町 いわぶちちょう お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市岩渕あたり 岩渕(いわぶち).山田の中心街.伊勢神宮の玄関口である宇治山田駅も岩渕にある.国登録有形文化財の名建築で,現役の貴賓室を備える.
"これより岩淵町を通って川崎へ出ます"(お伊勢参り)
岩渕バス停 2002
川崎 かわさき お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市河崎 河崎(かわさき).河港として栄えた.今,蔵の町並を売り物にしている.
"これより岩淵町を通って川崎へ出ます"(お伊勢参り)
河崎 2002
伊勢神宮:外宮 げくう 伊勢詣り(楽々凄艶妖怪下:07) など 8件7題 (東京5件, 上方3件) 伊勢市豊川町 豊受大神宮.祭神は豊受大御神.正宮は四重の垣で囲まれており,板垣しか見えない.手前は三ツ石.しめ縄で囲まれており,いかにもパワーストーンに見える.式年遷宮の際に,川原大祓が行われるという.
"内宮外宮を初めスッカリお伊勢様を参拝いたしました"(伊勢詣り)
外宮正宮 2002
伊勢神宮:清盛楠 きよもりくす 宮巡り(伊勢参宮神賑 (2014)) 伊勢市豊川町 外宮の鳥居をくぐってすぐ右手.勅使として参向した平清盛が,冠に触れたクスノキの枝を切らせたという話が伝わっている.伊勢湾台風により根元の幹が分離してしまった.
"大きな楠が、平清盛に因んだ清盛楠"(宮巡り)
清盛楠 2015
伊勢神宮:鷹の宮 たかのみや お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市豊川町 本文文脈からは内宮のようだが,外宮の別宮多賀宮を指す方が自然.豊受大御神の荒御魂を祀る.
"これがすなわち鷹の宮でござります、お賽銭をお捧げなさい"(お伊勢参り)
外宮多賀宮 2002
伊勢神宮:風の宮 かぜのみや お伊勢参り(新和上方復刻:17) など 2件2題 (東京1件, 上方1件) 伊勢市豊川町か 多賀宮と対ならば外宮の風宮.もしくは,内宮の風日祈宮を指すか.
"これがすなわち風の宮でございます"(お伊勢参り)
外宮風宮 2002
伊勢神宮:雨の宮 あめのみや とろゝん(講明治大正7:26) など 2件2題 (東京1件, 上方1件) 伊勢市か 「とろろん」の祭文の文句に,雨の社,風の宮と併記されているが不明.外宮別宮の土宮は速記には出てこない.『東海道中膝栗毛』,岡部の宿でも,巫子の口寄せに"雨の宮,風の宮"が出てくる.風宮の祭神 級長津彦命・級長戸辺命は風雨の神.
"末社の方に請ずるは、中に尊き御神よ、雨の社に風の宮"(とろゝん)
     
茜稲荷 あこねいなり お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市豊川町 茜(あこね)社.あこねさんと呼ばれる.外宮勾玉池畔の神社.伊勢神宮とは敷地が分離されている.境内には豊川茜稲荷神社もある.
"これは豊川さんで茜稲荷大明神と言うのんや"(お伊勢参り)
茜社 2002
伊勢神宮:月読日読 つきよみひよみ とろゝん(講明治大正7:26) 1件1題 (東京1件) 伊勢市宮後1-3か 月夜見宮か.日読は不明.かつては外宮に多数の巡拝宮が並んでいた.月夜見宮は,外宮内宮の両方にある別宮.月夜見尊を祀る.
"月読日読の御尊、尾張で熱田明神よ"(とろゝん)
月夜見宮 2002
中道 なかみち お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市か 不明.外宮を出て間もなくの場所で,間の山あたりらしい.
"ここをむこうへ抜けますと中道へ出ます"(お伊勢参り)
     
間の山 あいのやま お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市倭町あたり 「お杉お玉」の舞台.投げ銭を女三味線芸人のお杉お玉に巧みによけられ,悔しまぎれに緡のまま投げつけてやり込められる噺.
"お杉お玉のところを一般に相の山と申します"(お伊勢参り)
お杉お玉碑 2002
古市 ふるいち 猿後家(三一上方1:01) など 9件6題 (圓朝1件, 東京1件, 上方7件) 伊勢市古市町 当時は言わずとしれた遊所で,妓楼がならんでいた.歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」,モデルの油屋遊女お紺墓は文政12(1829)年,無差別殺人犯の孫福墓は遅れて1929年の建.古市の大林寺内.
"古市の洒落などは実に大滑稽、弥次喜多そこのけでござりました"(猿後家)
お紺孫福墓 2015
古市:杉本屋 すぎもとや 高尾(立名人名演06:08) など 2件2題 (東京1件, 上方1件) 伊勢市古市町 古市の三大妓楼.備前屋の北で,跡地は薬局という.表示はない.
"伊勢なぞでは、杉本屋さんで太夫の踊りを見て御師へ帰る"(高尾)
     
古市:油屋 あぶらや お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市古市町 古市の三大妓楼.跡地の中華料理店前に碑がある.
"これから油屋、備前屋、杉本屋などという名高い女郎屋がござります"(お伊勢参り)
油屋跡碑 2002
古市:備前屋 びぜんや お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市古市町 古市の三大妓楼.跡地の駐車場前に碑がある.しかし,碑の正面に柵を作るだろうか.
"これから油屋、備前屋、杉本屋などという名高い女郎屋がござります"(お伊勢参り)
備前屋跡碑 2015
古市:麻吉 あさきち 宮巡り(伊勢参宮神賑 (2014)) 伊勢市中之町109 古市に現存する遊廓建築の名残をのこす旅館.石段に沿って建てられた木造3階建.道をまたぐ渡り廊下が特徴的.朝食を食べるとき,この渡り廊下を前蔵の方に渡ることができた.
"朝吉の手前を左に入ると、夫婦岩のある二見や"(宮巡り)
麻吉旅館 2015
牛谷 うしだに お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治浦田あたり 牛谷坂は神宮司庁領付部から猿田彦神社に向けて下る急な坂.牛鬼という怪物に由来するという.
"牛谷と申しましてここにもやっぱり三味線を弾いて胡弓を擦っております"(お伊勢参り)
牛谷坂と道標 2015
どぶろく どぶろく お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治浦田か 牛谷にあった有名なうどん屋の豆腐六.現存しない.
"ここ通りますとどぶろくという饂飩屋がござります"(お伊勢参り)
     
猿田彦神社 さるたひこじんじゃ 宮巡り(伊勢参宮神賑 (2014)) 伊勢市宇治浦田2-1-10 猿田彦大神は,瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を高千穂まで導いた後に伊勢にやって来た.境内の佐瑠女神社は,天宇受売命を祀る.芸能の神様だが,縁結びの御利益を求めて参拝客が集まっている.
"この道を下ると、右に見えるのが、猿田彦神社"(宮巡り)
猿田彦神社 2015
御祓町 おはらいまち お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治中之切町あたり 参道のおはらい町とそれに直交するおかげ横丁の新旧組み合わせで観光客を誘致している.昼間は人で埋まる.
"御祓町、ここは土産物のいろいろな店が出ております"(お伊勢参り)
おはらい町 2002
赤福餅 あかふくもち お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治中之切町 内宮参道の赤福本店では,早朝から茶釜に湯を沸かして営業中.波形に餡のついた赤福餅は,お土産の定番.月替わり1日の朔日餅は人気の品で,地元の特典だった.予約販売もある.2007年の巻き直し問題の巻き返しを図った.「指南書」でも教えている,旨いものは宵に食え.
"これから伊勢で名物赤福餅"(お伊勢参り)
赤福餅 2002
宇治橋 うじばし お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治今在家町〜宇治館町 内宮への参道.川は五十鈴川.季節で変わるが,夜明けには参拝時間がはじまる.速記にあるように,橋から銭を投げる習慣があった.
"宇治橋へまいりますと、橋の下には大きな手網みたいな物を持って、橋の上から道者が銭を投げますのを、どこへ放ってもうまいことその銭を網で掬い受けます"(お伊勢参り)
宇治橋 2002
五十鈴川 いすずがわ 囃子長屋(土屋今輔:19) など 2件2題 (東京1件, 上方1件) 伊勢市宇治館町あたり 内宮の手水は五十鈴川となっている.この直前で島路川を合す.
"夜毎の日ごとのなりわいもォ、いと忙しき五十鈴川"(囃子長屋)
内宮御手洗場 2002
伊勢神宮:内宮 ないくう アズサメ(国書レコード:17) など 8件7題 (東京5件, 上方3件) 伊勢市宇治館町 皇大神宮.祭神は天照大御神.古殿地は20年に1回遷宮した跡地というか建設予定地.2013年に遷宮すると当分古殿地に近づけなくなる.内宮拝殿の撮影は石段下まで.
"伊勢は天照大神、内宮外宮の神々を"(アズサメ)
内宮古殿地 2002
伊勢神宮:神楽殿 かぐらでん お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市宇治館町 内宮の表参道,御札授与所となりの巨大な建物.
"内宮さんの方に神楽殿を設けて太々神楽をばいたします"(お伊勢参り)
神楽殿 2002
伊勢神宮:陰陽石 いんようせき お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市か 文脈からは内宮.内宮には名を持つ石が多いが不明.別名和合石とあるので子安神社を訪ねてみたが見あたらなかった.
"これが陰陽石、和合石というのんや"(お伊勢参り)
     
二見餅 ふたみもち お伊勢参り(新和上方復刻:17) 1件1題 (上方1件) 伊勢市か 不明.二見に近い二軒茶屋餅は神久6に現存.天正3(1575)年の創業で,きな粉のついた餡餅.その他,桜木町の太閤餅が有名だった.
"名物二見餅、朝熊山へ参りまして"(お伊勢参り)
二軒茶屋餅 2007
二見ヶ浦 ふたみがうら 薮入り(講昭和戦前2:16) など 12件10題 (圓朝1件, 東京6件, 上方5件) 伊勢市二見町江あたり 今も夫婦岩近くには古い旅館が多く,賓日館は1887(明治20)年に建てられた皇族,要人用の宿泊施設.
"あれから二見ヶ浦を見せて、京大阪へ行って"(藪入り)
賓日館 2007
二見ヶ浦:夫婦岩 めおといわ お伊勢詣り(初代桂春団治落語集, 講談社 (2004)) 伊勢市二見町江 伊勢の風景の定番,夫婦岩は二見浦の古い旅館街の東端.夜明け前から観光客がカメラの陣取りをしている.干潮には岩の土台が現れてしまう.
"あの二見の岩で、貝買うて来てやってほしいの"(お伊勢詣り)
夫婦岩 2007
朝熊山 あさまやま 万金丹(青小さん2:03) など 24件8題 (東京17件, 上方7件) 伊勢市朝熊町 金剛証寺.伊勢朝熊(あさま)万金丹の産地として頻出する."伊勢へ詣らば朝熊へ詣れ朝熊かけねば片詣り"と歌われた.かつては参拝者が多く,ケーブルカーまで敷かれていた.今は有料道路を通る土日運行のか細いバス路線を使うか,朝熊駅から山道を登るしかない.かつて,日に2便と書いたが,今は5往復も運行している.客は私ひとりだったけど.
"官許、伊勢浅間、霊宝万金丹"(万金丹)
金剛証寺萬金丹金看板 2015

掲載 031017/最終更新 240401

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