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鉄道落語だ恋の山手線  行程
 『鉄道落語』.恐れていたジャンルの本がとうとう出てしまいました.おそるおそる読んでみると,やっぱり出てきました駅名が.それも,東海道線全部!
 大阪駅のみどりの窓口で,行き先を忘れた客のおねおね話に手を焼いた係員さんが,東京までの駅名を順に唱えてしまう「切符」という新作だ.三代目三遊亭右女助の十八番,「出札口」と同じ趣向.こちらの方は東京駅から鹿児島,はては稚内まで,順番に駅名を唱えていく.記憶力落語だ.
 鉄道落語と言えるかどうかわからないが,落語に出てくる駅名といえば,四代目柳亭痴楽の「恋の山手線」ではないだろうか.
 "上野を後に池袋 走る電車は内廻り 私は近頃外廻り"ではじまり,ヘン顔でリズムを取りながら順に山手線の駅名を織り込んで行き,"本当に御徒(おかち)な事ばかり 山手は消えゆく恋でした"で終わる痴楽綴方教室の一篇だ.
 おサイフにキビしい大阪から東京までの東海道線全駅の旅は後まわしにして,ゴールデンウィークは手軽な恋の山手線一周の旅に出てみましょ.

 とは言うものの,山手線を一周するにはどんな切符を買えばいいのだろう.
 上野駅の自動券売機で運賃表示板を見上げると,隣駅の鶯谷まで130円,反対側の高田馬場から品川までがずっと190円なのに,なぜか代々木だけが160円とある.上野の方に近づくと,再び値段が安くなり,御徒町で130円に戻っている.上野のところには上野と書かれていて値段は表示されていない.残念ながら,どのボタンを押してよいやらわからない.
 しかたがない.みどりの窓口に行ってみよう.


上野駅運賃表示板
 「すみません.山手線の内廻りで一周して上野に戻る切符を1枚下さい.」

 我ながら簡潔にして明瞭.誤解の余地のない注文だ.
 窓口のおねえさんは,また鉄道オタクが来たかというような目つきがちらり.
 「いえ,ボ,僕はテツではなくて,鉄道落語の出版を記念して山手線を用もないのに一周,といっても,鉄道オタクなんかではなく,落語オタクでして.え,その方がもっと気持ち悪いって.いや,鉄道と落語のタッグマッチというか,ツープラトン攻撃というか.とにかく切符を下さいっ.」

 おねえさん,素早い手つきで画面をタタタンとタッチする.あっという間に切符が出てくる.上野から上野までで460円也.そこで,もう一押ししてみた.
 「え〜と,今度は代々木から総武線に乗って秋葉原で乗り換えて上野へ戻る一周切符をお願いします.」
 今度もあっという間に切符が出てきた.おなじく,上野から上野まででだが,今度は330円になっている.こちらは素人なんだから質問しちゃお.
 「あの〜,こっちの切符で山手線を一周しても構わないですか?」
 「えー,この切符は書かれた経路どおりに乗っていただくことになるので,山手線を一周はできません.」
 「え.ぢゃあ,もし,これで一周しちゃったらどうすればいいですか?」
 「その場合は,有人改札で精算して下さい.一周しても上野に戻るので,わからないですけどね.」
 あちゃー.黙って引っ込みましたよ.でも,この答えはダブルでまずいんでないかい.わからなければいいとは,お茶目すぎます.券面に書かれた通りの経路で乗車しなければならないならば,先ほどの上野−代々木間では,中央線で行くか(160円),山手線で行くか(190円)を切符を買うときに指定しないといけない.券売機の表示がとんでもなく複雑になってしまう.


上野発"乗れない"山手線一周切符
 とにかく,最初に出てきた460円の切符で上野駅をスタートする.山手線一周は約60分かかる.高校の時,網棚に忘れた荷物を,授業の休み時間の間に駅にでかけて,一周してきた電車からみごと回収してきた猛者がいた.それで印象に残っている.
 山手線一周のヒマな一時間を,人情噺の速記を読んで過ごした.駒込近くの山手線唯一の踏切を探したり,山手貨物線への分岐をながめたり,高田馬場や渋谷の地形のアップダウンを楽しんだりはしない.


純正山手線一周切符
 今回は460円の切符で一周してきたが,実は,後から出てきた330円の切符でも一周できると思っている.そのことを確認するため,今度はオタクの巣窟,秋葉原駅に行ってみた.食玩買とかいう分厚い本を見ている若者がいる.しかも外国人.食玩マニアのショップでもあるのか,深いぞ,秋葉原!
 「えーと,秋葉原からお茶ノ水,神田を通って秋葉原へ戻ってくる切符を下さい.」
 「はい!喜んで」(んなこと言う訳ない)
 「あれ〜.前には出たのに,今度は出ないぃ〜.店長〜」メイドさん,もとい,駅員さん,奥へ引っ込んでしまった.「ねっ.何度やっても出ないの.出ないの.ウソじゃないでしょ」「……あっ,そうだっ,補正禁止!ポカリ!」「エヘッ.お待ちどおさまでしたご主人様.130円になりま〜す.」(だから,んなこと言う訳ない)
 「あの〜,これで山手線一周できますでしょうか.」
 「ダメっ.いけない子ね.経路の通りしか,乗 れ ま せ んっ.うふっ.」(なこと言う訳ないちゅーとるやろっ)


秋葉原発"乗れない"山手線一周切符
 乗れないと言われてしまった以上,券面の経由どおり最短ループを回ってみた.券面の経由欄には,中央東・東北とある.それにしても不親切な書き方だなあ.秋葉原から中央東じゃ,何のことだかわからない.乗る人の立場に立てば,経由:お茶ノ水・神田,それとも,経由:総武・中央・山手と書いてほしい.路線名も駅の案内や表示と違うし,最初の経由線を省略されてはかなわない.JRの方がよっぽどオタッキーではないか,なんてグチを言っている間に,10分で秋葉原に戻ってきた.
 2回のチャレンジで,いろいろな駅の切符を集めるよりも,むしろ「山手線一周に乗れます」という答えを引き出すことが目的に変わってきた.

 次は有楽町駅に来てみた.今度は,何度も途中下車しませんねと確認した上,時刻表の路線図を広げてタッチ.なにやら小首をかしげてもう一度タッチ.またまた駅員さんは奥に引っ込んでしまった.戻って来るなり,発券されたのは,有楽町−新橋間,260円の往復乗車券.思わず固まってしまった.
 「1枚目の切符で新橋までぐるっと回れますので,2枚目と合わせて改札を通って下さい.」
 「えええええええ.それでは,新橋までの片道切符で有楽町まで乗り越した場合はどうなるのですか.」
 「その場合は,130円を払っていただきます.」
 「ふええええええ.」
 片道切符を頼む→片道切符がダメで往復切符→でも,往復の乗車経路が異なる→2枚分が連続した1枚の片道切符が発券できてしまう.とふりだしに戻ってしまう.往復切符の目的地で下車せずに戻ってくるなんて,不正乗車と疑われかねない.こんなツッコミどころ満載の切符はとても使えない.
 そうだ,JR東日本の総本山,東京駅に行こう.ここならちゃんとした答えがあるはず.


ガクブル山手線一周切符
 「この切符では山手線一周はできません.」
 ガクッ.東京駅でもダメでした.
 今日何回目だかわからなくなってきた秋葉原で,名物のミルクスタンドに寄り,錦糸町からぐるっと回って東京駅地下ホームへ戻ってきた.

東京発"乗れない"山手線一周切符
 かくなる上は,東海道線全駅の落語地名調べでつちかったテツ無駄知識をぶつけるしかないっ.
 某駅みどりの窓口にて.
 「赤羽−尾久経由で西日暮里まで戻る切符を下さい.」
 すんなりと210円の切符が出てきた.東北本線の列車が日暮里駅に停まらないため,どうしても日暮里と上野の間を2回タダ乗りしてしまう,いわく付きの切符にもかかわらず.
 「これで山手線一周は乗れますね」こんどは乗れますか?などと弱気の聞き方はしない.
 「ちょっと待って下さい」と,またまた奥に引っ込んでしまう.今度は別の駅員さんがわざわざ出てきての応対となった.
 「山手線一周は130円の乗車券2枚をお求めいただいています.」
 「営業規則157条2項で,近郊区間内については券面の経路に関わらず,この210円の切符で乗車できるはずです.」
 「調べてまいります」といって事務室に引っ込む.

 待つこと15分.冊子を手にしている.

 「この場合,営業規則70条が関係しております.また,先ほどの乗車券は問題があり発売できないとのことです.」
 あ〜あ.切符が幻になっちった.(70条は大環状線通過の規則だよ〜.でもここを論点にすると話が進まないぞ)
 「よく一駅だけの切符で大回りする人がいますよね.近郊区間では乗車経路を問わないんですよね.」
 「はい.」
 「この切符は出発駅に戻ってくるだけの違いで,やっぱり乗車経路は問わないんですよ.この切符は書かれた経路以外の効力がないのですか.」
 「そうはひとつも言っておりません.ただ,赤羽あたりに問題があって,この切符は発売できないのです.」
 (ん〜.赤羽までは別線に描いてあるでしょ)「その場合,次に長い別のループの切符を売ってもらって,それで山手線一周をしたいのです.」(70条の絵を指でなぞって)
 「太線区間は最も短い営業キロによって計算することになっています.他の経路では発券できません.」
 「でも,最も短いループは発売できないのですよね.するとこの駅発のループ状の乗車券は存在しないのですか.」(的はずれの70条を教えた責任者,出てこ〜ゐ)
 「……….130円の乗車券2枚をお求めいただいているので.」
 「それは便宜的な扱いで,本来,運賃は着駅までの距離から計算されます.130円2枚では,駅によって本来より少なく払うケースも,余分に払わされるケースも出てきてしまいます.それに,130円の乗車券で乗り越した場合の取扱いがおかしくなります.」
 「乗り越しの場合,130円を支払っていただきます.」
 「近郊区間,原券100km未満の乗車券では着駅までの差額精算になります.それが規則です.よく20円とか30円とかの差額を受け取りますよね.」
 「同じ駅に戻ってくるので目的地がない状態です.」
 「着駅までの立派な旅行ですよ.」
 「改札を通れば旅行開始です.」
 (その改札を通る切符がほしいのじゃ〜)「他の駅ではこのように山手線一周460円の乗車券が発売されています.」
 「他の駅の場合の指示は受けていないので,わかりません.これを持っていって確認してよろしいですか.」
 「尾久回りの切符が発売を止められていることがわかりましたので,もう結構です.」
 「勉強になりました.」
 だいたいこんな感じで小一時間.切符は幻.


JR東日本旅客営業規則第70条 太線区間(JR東日本HPより)
 「赤羽−尾久経由で日暮里まで戻る切符を下さい.」
 タタタッ.う〜ん.タタタッ.う〜ん.
 後ろに立っていた先輩格の駅員さんが,「補正禁止をかけるんだよ.補正禁止.お客さん,どうしてもこの切符が欲しいんですよね.」
 「ええ.ちょっと変わった切符なもんで.」
 へへっ.ご禁制の品,ゲットだぜ.
 さすがに,上野駅復乗はまずいので,選択乗車で山手線もう一周に使わせてもらいましたとさ.


"発禁"日暮里発山手線一周切符
【山手線一周運賃の小まとめ(消費税率5%の時点)】
○山手線すべての駅:経由どおり発券 営業キロ:34.5km.運賃:460円(距離単価13.25円).経由:東北・ 山手2・中央東・山手1・東海道・東北(痴楽の上野駅の場合.券面では,東北・中央東・東海道・東北)
(東京−上野間,もしくは品川−東京間で新幹線に乗る場合は,この経路もしくは新幹線を含む経路指定が必須)
◎御徒町−鶯谷間及び目白−代々木間:中央線・総武線経由の北側半円形ループ 営業キロ:23.7km.運賃:330円(距離単価13.25円).経由:東北・山手2・中央東・総武2・東北(上野駅の場合.券面では,東北・中央東・東北)
○日暮里−田端間:尾久経由のはみ出しループ 営業キロ:15.0km.運賃:210円(距離単価15.3円).経由:東北・東北2(日暮里駅の場合.券面では,東北.ただし,経路どおりの乗車は不可能)
◎駒込−池袋間:赤羽経由のはみ出しループ 営業キロ:16.8km.運賃:290円(距離単価15.3円).経由:山手2・埼京・東北(駒込駅の場合)
◎原宿−有楽町間:中央線経由の南側半円形ループ 営業キロ:26.3km.運賃:400円(距離単価13.25円).経由:山手1・東海道・東北・中央東・山手1(原宿駅の場合)(品川駅での南部線経由は距離が長いし,かすっているだけなのでトポロジカルにもグレー)
○東京:錦糸町経由のはみ出しループ 営業キロ:10.2km.運賃:210円(距離単価15.3円).経由:東北・総武2・総武(券面では,東北・総武)
○神田−秋葉原間:お茶ノ水経由の極小ループ 営業キロ:2.9km.運賃:130円(規則84条).経由:総武2・中央東・東北(秋葉原駅の場合.券面では,中央東・東北)

◎の駅は,あらかじめ隣駅までと隣駅からの2枚の片道乗車券を用意すれば,一葉の環状切符ではないが,260円で乗車可能.

 ちなみに往復乗車券の場合,発駅から着駅までの環状乗車券に乗変を申し出たら,いったいどんなものが発券されるのだろう.まさか4枚の往復券になったりして(恐).
2013年5月

恋の山手線   紀行
11:34 上野 12:35 上野 山手線内廻り
 
12:50 秋葉原 12:52 御茶ノ水 総武線
12:53 御茶ノ水 12:55 神田 中央線快速
12:58 神田 13:00 秋葉原 山手線内廻り
 
13:43 東京 13:46 秋葉原 山手線内廻り
13:52 秋葉原 13:58 錦糸町 総武線
14:01 錦糸町 14:09 東京 総武線快速
 
15:50 日暮里 16:50 日暮里 山手線内廻り

掲載 130511/最終更新 150816

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